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​石井一男 Kazuo Ishii

1943年、神戸市生まれ。

画集に『絵の家』(2008年)、『絵の家のほとりから』(2009年)、『女神』(2012年)共にギャラリー島田。書き下ろしノンフィクション、後藤正治『奇蹟の画家』(講談社、2009年)がある。

2010年1月17日、TBS番組「情熱大陸」で、”見る者を幸福にする魂の女神像 奇蹟の画家”として紹介された。

略年譜​

1943 10月5日、兵庫県神戸市兵庫区湊町(新開地)に生まれる。
1945 3月17日、神戸大空襲にて自宅消失。

   5月、父がフィリピン・ルソン島で戦死する終戦後は兵庫区内に居を移し祖父母と母と暮らす。
1962 高校卒業後、運送会社等の地元企業に入社するがひと月ほどで退社。6月、神戸市役所へ入所。
1963 3月、市役所を辞め、4月に関西大学法学部(二部)入学。
   大学では美術部に籍を置き油彩画を描いていたが1年ほどで離れる。
   時折、大学やアルバイト先近くの画廊に寄ったり、

   書店で画集(ジョルジュ・ルオー、熊谷守一、香月泰男など)を眺める日々を送る。
1969 関西大学法学部(二部)卒業。
1971 46年度兵庫県展に出品し、洋画部門にて入選を果たす。
   画家になることは全く考えていなかったが、県展入選時の兵庫県立近代美術館館長・阪本勝氏(故人)

   の言葉に感じ入り、絵を続けていこうとする。
1972 神戸から加古川に転居。
   仕事はビルの清掃や交通量調査など主にひとりで担当できるアルバイトを選び、

   時折加古川に点在する小さな石棺仏を見て歩く。
1981 神戸に戻り、飲食施設で皿洗いなどのアルバイトに就く。
   この時期、絵はほとんど描いていないが、頭の隅には絵のことがあり、

   時々画材を出してみるものの、結局描くことができずに日々を過ごす。
1989 地下鉄の駅へ夕刊を配達するアルバイトに就く(95年、阪神・淡路大震災の前日まで続ける)。
   体調に不安を感じつつ、この頃より再び絵を描きはじめる。
1992 6月24日、神戸元町の海文堂の島田誠氏に「絵を見てほしい」と電話をかける。
   翌25日、同ギャラリーへ描き溜めた作品を持参する。

   10月、初個展開催。
1995 阪神・淡路大震災で自宅が被災。約3ヶ月ほど避難所で生活を送る。
   震災の影響でアルバイトを辞め、以後、個展を年に2~3回のペースで開催する。
   絵の制作の傍ら、県外の美術館に足を延ばしたり、東北地方や奈良の寺を訪ねる。
2008 画集『絵の家』がギャラリー島田より出版される。
2009 画集『絵の家のほとりから』がギャラリー島田より出版される。
   石井自身とその絵に関わった人たちを記したノンフィクション『奇蹟の画家』

   (後藤正治著・講談社発行)が出版される。
2010 1月17日、約1年をかけて石井を取材したテレビ番組(TBS「情熱大陸」)が放映され、

   全国的に大きな反響を呼ぶ。
2011 BBプラザ美術館にて個展開催。
2012 佐喜眞美術館にて個展開催。

石井さんの女神たちや心象風景が、地下水脈から滾々と水が流れるように大地を潤し、困難にある人たちに寄り添い、いつまでも孤独な魂とともにあることを願っている。

――『絵に生きる 絵を生きる ―五人の作家の力』島田誠著 より

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